全国憲法研究会では、1990年より「研究成果の公表」として、毎年5月に定期刊行物『憲法問題』を三省堂より発刊しております。憲法研究者のみならず、諸学者の方々や市民の皆様方にご購読頂けると幸いです。
➢ 発刊の辞(憲法問題1、1990年10月)
全国憲法研究会は単なる学術研究のための学会ではない。平和・民主・人権を基本原理とする日本国憲法を護る立場に立つ専門研究者の集団である。しかしそれは実践運動を第一義にかかげる集団であるよりは、学問的研究を行う専門家集団でもある(規約第一条参照)。筆者が発足当初の事務局の責任者となり、恵庭事件などをめぐり、憲法第九条の総合的研究にたずさわって以来二十数年を経過している。その間会員の努力により、多くの研究成果を多様な形で発表してきたが、今回独自の機関誌を公刊することになった。会員も一〇〇人委員会的小集団から、若手院生をもふくむ公的な大学会に発展してきている。
国際政治と世界的憲法状況の大変動期の今日、二十一世紀を展望し、日本はどこに行くのか。資本主義国家はもとより社会主義国家をも含めて、立憲主義による民主と人権を無視しては、いかなる政権も今後は成り立ち得ない。立憲主義のルネッサンスは既に一九九〇年の地平線上にその姿を現わし始めている。日本国憲法の改正ではなく、再確立と完全実施が最小限の国民的課題である。日本は経済一流、民主主義と人権は二流であるとする欧米の日本異質論に対抗し、偏狭な旧い日本学ではなく、新しい未来の世代が国際社会の変動をリードするに足る、新しい日本憲法文化を創造しなければならぬ。全国憲法研究会の本年度の次のテーマが日本国憲法の理念より見た国際環境の変動状況の検討となっているのはまさにその努力の一環である。
全国憲法研究会は高度の専門研究者集団であるが、分断や孤立化の動きに対し、五月三日は公開講演会を催し、大内兵衛、宮沢俊義東大教授らによる憲法問題研究会の衣鉢をついで、一般市民や研究者との対話と連帯にも努力してきた。また発足以来、日韓・平和・選挙区制・大学問題などに関する、多くの声明を発表してきた。
会員は日本国憲法の基本原理を擁護するという共同目的には制約されるが(会規約)、保守から革新にいたるまで自由な立憲主義の立場をとっている。会の声明発表でも個人責任による署名主義をとり(一九七〇年九月の提案で再確認)、過剰同調を強制せず、異端排除は、憲法破壊的行動を除いては、とる所ではない。今回の天皇制研究にしても、それは日本国憲法のグルント・ノルムではないから一層の自由な見解がありうる。だが、立憲主義の立場から天皇制への規範的制約を重視する基本目的は、はずされていない。天皇制の政治的利用を目的とする者には非現実的と見える見解もあるであろう。しかし、われわれは既に第九条の平和主義の現実性をまもり、武装防衛の空論性を指摘し続けてきた歴史をもっている。日本国憲法をめぐる国際環境の発展と変動は、やがて天皇制の過度の政治的利用の非現実性を明らかにするであろう。学問の自由を行動基準にすえるわれわれは「菊のタブー」をとるわけにはいかない。しかし、憲法外的な伝統の日本歴史学的分析、日本近現代史の科学的分析の成果は十分に学ばなければならない。天皇制研究は日本の社会科学・憲法学の最高の難問でもある。日本社会の構造的「エニグマ」(謎)は国際的な批判と検討の対象ともなっている。そうした諸成果を包摂していくことにも努力すべきであろう。
本会の年報刊行計画については、岩間昭道、植野妙実子、古川純の諸氏らが多大の努力をついやして、その可能性を検討してきた。日本学術会議の登録団体として、年報の刊行が資格要件として重要となってきたこともあるが、これまでの法律専門誌による宿借り刊行では、学会報告のなかでも若手のアカデミックな論文を収録する場がなく、編集の独立性を維持できないなどの問題があった。会員のアンケート調査も重ね、財政的困難と危険性の不安はあるが、幸い出版社の協力を得ることができるとの報告があった。年報編集は事務局とは別に、年報の編集に専念できる編集委員会を設け、当面、杉原泰雄、植野妙実子、右崎正博、浦田一郎氏らの適材がその任にあたることとなった。内容も全国憲法研究会の年間の研究会の内容のみならず、憲法問題全般の資料も加え、定期的刊行により、憲法問題の客観的理解に役立ち得るようにしていくつもりである。全国憲法研究会はこれまでも法律専門誌の好意ある協力により、数多くの研究成果、特集を社会的にアッピールしてきたが、わが全国憲法研究会規約第二条に定める「研究成果の公表」を、このような単独学会誌の形にすることについては、多くの困難が予想される。会員はもとより、出版社のみならず、ひろく諸学者、市民の皆さんのご協力を切にお願いしたい。
全国憲法研究会代表・針生誠吉(はりう・せいきち)